昨日は一日中雨が降ってたし移動の疲れもあったので、一日中、部屋の中でゴロゴロしてました。
今日は、午前中はホテルのプールで遊んで、午後はレンタカーを借りて島の南海岸をドライブ。
Nadi近場の南海岸は「コーラルコースト」と呼ばれていて、そこそこのこじんまりとしたビーチがいくつかあります。 そこで少しシュノーケリング。
夜は、Nadiのまちの日本食レストランで、和食に挑戦。
英語が分からなくても、子供ってすぐ仲良くなっちゃうんですよね。 一つのビーチマット(ゴムボート)で仲良く遊んでました。
「刺身」というものが無性に恋しくなります。 ハミルトンから1時間かけてオークランドまで出ればそれなりの刺身にはありつけますが、ここFijiはどうでしょうか。
今晩トライしたのは「大黒」(オークランドにも出店してました、確か)。 なんと「シャコ貝」の刺身に「椰子蟹」。 地元の「Fiji Bitter」ビールによく合いました。
ウエイトレスに何度も指を指されて「仕事か?」と聞かれたのですが…。
サバティカルとか研究休暇とか…、どうも手短には答えづらく…、 ところがやっとわかりました。大きな勘違いでした。
僕の着ていた白いラガーシャツ。 隣町で買ったのですが、「シガトカ」の町を拠点とする有名なラグビーチームのユニホームだったんですね。 「シガトカ」=「仕事か?」
翌日以降も、これを着ていると、どこにいっても、「仕事か?」、「Yes,I like Rugby」。
公立の小学校は今、春休み。 「スクールホリデー」と呼びます。 9/23(金)が終業で、10/10(月)が新学期の第4学期の始まりです。
このスクールホリデーに「南太平洋の楽園=Fiji」に行って見ることにしました。
オークランドから飛行機で3時間弱。 ちょうど、東京から沖縄に行くような感じですね。
Nadi国際空港に降り立つと、歓迎の生バンドでした。 ホテルまで送迎の乗用車で15分ほど。途中でサトウキビを運ぶトロッコ列車にも遭遇しました。
「純粋に南太平洋の楽園でバカンスを楽しむ」つもりでしたが…。
やっぱり、フィールドワーカーの血が騒いじゃうんですよね。
Fijiって…? ちょっと調べてみるだけで、「南太平洋の楽園」イメージとは異なる歴史と社会構造が見えてきました。
●サトウキビのプランテーション。昨今では国際競争力を失い深刻な国内問題となっている。代わって観光産業・大規模ホテル建設事業などが右肩上がり。
●英国によってインドから多くの労働者がこちらに連れてこられて150年。 今では人口80万人強で、Fiji系50%、インド系45%。
●地元Fiji系とインド系の軋轢がピークに達して、二度の衝突(1987年:無血クーデター、2000年:武装グループの国会選挙のクーデーター未遂)。
●一人あたりGNPは2,300$ほど。日本の10分の1以下。 インド人が4,000$程度、Fiji人は1000$程度と言われている。
●失業率15%ほど。 日本の外務省からは「危険情報」も常時出されていて、昨今では「貧富の差やモラルの低下が顕著になってきている上、警察官や警察用車両等が不足していることもあり、銃器を用いた殺傷、性犯罪、麻薬犯罪及び組織的な強盗など犯罪の凶悪化と多様化が進んでいます」とのこと(http://www.anzen.mofa.go.jp/info/info4.asp?id=76)
●まさか、こうしたモラル低下、治安悪化とは関係ないことを祈りつつ、しかし、この滞在中、いくつか不快・不安・驚きの体験をしてしまいましたので、事態の整理がついたらここに報告しますね。警察関係、入管関係のことです(当局からの回答を待って、ヤバそうな内容だと分かったら伏せます・封印します、悪しからず)。
夜中にテレビを見ていると…。
あれ、F1かな? と思ったら…、知らない名前ばかり。 それに「ネルソンピケ」なんて懐かし名前が出てきたり…。

「A1」という「モータースポーツ最高峰のワールドカップ」というのをやっていました。
ブラジルからは「ネルソンピケ・ジュニア」がドライバーとして出ていたんですね。
日本も出ていました。
F1とインディーを足して2で割ったような感じかな? ローリングスタートで迫力十分。
でも、なんか10周そこそこ、1時間弱で終わっちゃったような気がしたけど…。
ブラジルの優勝。ニュージーランド、オーストラリアも入賞してて、だからこんなに気合いの入った中継をやっていたんだね。
アメリカやドイツやイギリスは10何位って、ずっと下の方でした(日本も)。まだ、あんまり力いれてないんだね、きっと。 僕も知らなかったから「A1」って。
昨日夕方、ネピアからここタウポに移動した僕は、スクールホリデーが始まってハミルトンからマイカーで到着した家族とここ湖の保養地・タウポにいます。
火山博物館などを見学して、Fuka(フカ)滝の滝壺付近を滑走するジェットボートに挑戦してみました。 スピンターンの連続にこども達は唖然!!
ここのレストランでは海老の養殖をしていて、刺身でも食べられるというので、いろいろ注文してみました。
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タウポ湖の美しさに負けて、もう一泊することにしました。 湖畔のミレニアム・ビーチリゾート・ホテル。
とても素敵なホテルで景色もバッチリ。 タウポ湖にツインピークス。 スクールホリデーだという言うのに格安。
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今日は午前中からお昼過ぎまで、ゆっくりホークスベイ博物館を見て回りました。
ホークスベイ大地震(1931年)から美しく見事に復興成し遂げた模様を、様々な角度から展示してあります。
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ちょうどその時代だったので、街中の建物やオブジェはみなアールデコしています。 それらをほどよく凝縮して、しかしながらマオリの民族文化ともとてもうまく調和しているんですね。
震災関連展示は、その大概が小冊子にきちんととりまとめられていて、嬉しいことにはそれがとても安価(2.5$)なこと。
ダニーデンのオタゴ・セツラーズ・ミュージアムの「アボッツフォード地滑災害展」でも、これを作ってくれてあれば良かったのにね、シアン館長さん!!
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1931年、ホークスベイ大地震が発生し、この海辺の街「ネピア」は壊滅します。
そしてその時代の復興は「アールデコの街=ネピア」を造り上げました。
午前中、ハミルトンから高速バスに乗って、途中、湖の保養地・タウポでバスを乗り換えて、3時過ぎにネピアの街に到着。
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宿を確保してから、街歩きをはじめました。
この町には2003年に家族とキャンピングカーでちょっと立ち寄っていたのですが、ここにあるホークスベイ博物館の震災関連の展示がすばらしかったので、もう一度、じっくり見ておきたいと思っていました。
今日は夕方行ってみたのですが、映像等のアトラクションが終わっていたので、明日また出直すことにして、暗くなるまで数時間、カメラ片手に「アールデコ」の街を歩いてみました。
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「このところ授業は劇の練習ばっかり」と、翼(長男・9歳)が言っていました。
今日は、そのお披露目の日です。
定時に一旦帰宅して、夕飯をとってまた午後6時に出校。 メークなどをして、7時にステージがスタートです。
親御さん、学校周辺のご近所さん達…が見守る中、はじまったのは「カナンドラム」というミュージカル。
翼のように言葉もままならない子にも、台詞の代わりに「歌やお囃子」がちゃんと与えられていました。
我々もまだまだ英語が十分じゃないから、台詞のシャレも半ば分からず…。でも、とても楽しい雰囲気のミュージカルでした。
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驚いたことは…。
事前に手紙で周知されていたのですが、「観劇中は両親等はけっして写真・ビデオ撮影はしないでください」との通達をみなちゃんと守って、整然と観劇できたこと。
撮影は学校から依頼された親御さんのお一人が担当し、あとで希望者にCD-ROMで販売するとか。
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その代わり、劇が終わってからは、男優・女優さんを、みなで「激写」。 俳優さん達は「親馬鹿」に呆れ顔?
9月17日(土)、総選挙の投票日でした。
翼(長男・9歳)の通う小学校、ヒルクレスト・ノーマルスクールも投票場でした。
投票場となる学校の前には立て看板が出ていて、会場であることを示しています。
そして、看板に誘導されて講堂に向かいます。
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どんな感じなのかなぁとちょっと覗いて見たところ、係の方々が親切にもとても丁寧に投票場を見せてくれました。
「写真とってもいいですか?」、「風景だけだったらOK。顔は撮っちゃダメだよ」、となんと大らかな特段のご配慮をいただきました。
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なんとビックリしたのは、「投票箱が段ボール製」で、無造作に置かれていたこと。
投票を終えた人には、出口で3cm角ほどのシールが渡されます。 「私は投票を済ませました」印。 これを胸にピタ。
さて、開票。
当日夜中にテレビをつけてみると、開票97%で、ほぼ、大勢は固まっていました。
日本でも毎度お馴染みの開票速報番組の図。 名物キャスター、政治評論家に大学教授陣。
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革新与党の労働党はほぼ横ばいで50議席(改選前は51)。 第一党となって勝利したもののマスコミの言葉はあまり芳しくありません。
それもそのはず。
野党保守の国民党が27議席から49議席と大健闘。 労働党に議席数では負けたものの(それもたった1議席)、記者会見では大勝利・凱旋帰国のような騒ぎでした。
あと、軒並み議席を減らしていましたが、検討したのはマオリ党で1議席から4議席へ。
最後の写真は、マオリ党陣営からのレポートの場面(最終議席数の表示)。
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この新たな議席数(力関係)で、どのような組閣・政策が展開されるのか…。
前任校=江戸川大学の一年時生全員参加の「語学研修」「異文化理解」のためのニュージーランド研修。
僕は、江戸川大学在職中の1998年に、NZ南島のDunedinにあるオタゴ大学(オタゴ・ポリテック)に40数名の一年生を引率して来たことがありました。
現在の引率担当は、高田正之教授。
今回僕が長期在外研究(巷で言うところのサバティカル)でNZ・ハミルトンのワイカト大学に来ることになった顛末とご挨拶のメールを高田先生に差し上げたところから、やりとりが始まり…。
僕のNZのフィールドの一つ、ダニーデンのアボッツフォードにおけるフィールドワークの紹介をしましょう、ということになりました。
9/6(火)午後の便でハミルトン→ウェリントン→ダニーデンと乗り継いで、夕方にダニーデン市街に到着。
翌日午前中、高田先生が学生全員を招集してくれて、講演の始まりです。
講演のレジュメはこちら。 → Download file
学生はみな、急にあらわれたこの親爺の話を一時間弱、しっかりと聞いてくれました。
実はこの日は、学生にとっては研修の中日(なかび)で、午前中の授業がない日でした。 僕の日程の都合上、この貴重な休日を返上してもらっての講演でした。
講演の後、午前中の残りの時間、もう少し話しを聞きたいという熱心な学生がいたりして、コーヒーを飲みながらお互いリラックスして議論を深めました。
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休み時間にくつろぐ学生達
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引率の高田先生の一つの工夫・試みがこれでした。
学生一人一人に先生が自腹で、こんな小さなフィールドノートを配布。 学生は、毎日、目に映った、耳にした事柄を書き留めます。
場合によっては、ホームスティの諸々の不安なども綴られ、教員と学生との連絡帳にもなっています。
毎朝、高田先生がこれに目を通し、ホームスティ生活や学習状況に目を配っていました。
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それにしても、この三週間ほどの研修で、一年生おおよそ18歳の若者が、みな目を見張るほど成長します。
この日から10日後の9/17(土)、帰国途上で北島・オークランドに宿泊している一行に会う機会がありました。 やはりみな、いい表情をしていました。 三週間、異国の家庭でもちろん英語だけで生活(全員がホームスティです)し、街を歩き、事前に設定してあった各自の研究テーマについて諸情報を蒐集して、やり遂げた !! という表情でした。
ニュージーランド最後の晩餐(ビュッフェスタイルのディナーでした)の前に
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毎年のことですが、この引率はとても疲れます。 98年、まだ若かった僕は5Kgほど痩せて、持っていったベルトがユルユルになった記憶があります。
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引率の高田先生、お疲れ様でした。 そして、学生の皆さん、この出会いと経験を一生の宝物にしてくださいね。 カ・ン・パ・イ
通りの向かいのお宅に、なんやら桜みたいな花をつけている木があるなぁ、とこの数日思っていました。
でも、この辺りでは、少し前に梅や、濃い紅色のモモの花は見ていたのですが、桜の木は見あたらないなぁ、と思っていました。
先週行ってきた南島(ということは南極に近い寒~い地方)・ダニーデンでは、オタゴ大学のキャンパス内を流れるストリーム沿いの桜が満開でした。
それを見て、なぜ、そこより暖かい北島に桜がないのだろう…、と思っていたのですが…。
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お向かいのあの花は、よ~く見たら、なんと「桜」でした。
緑の葉と少量のピンクの花びらと、そして目立つのが真紅の「実」(らしきモノ)。
よくよく見てみると、この真紅の「実」らしきモノは桜の蕾で、これが開くとピンクの「花びら」となり…。
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さてさて、そこで庭で凧揚げ(http://disasterjune.com/daily/ のブログの4月3日をご覧ください。そういえば、この凧は4月初旬、北京の天安門広場で買ったものでしたね)を楽しむ洋(次男・4歳)とりり子を眺めていて、庭のハズレに、「それじゃ、もしかして、あれも『桜』?」
貧弱ですが、我が家のは、正真正銘の(というか、東京で馴染みのソメイヨシノ)「桜」でした。
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こちらの梅、桃、桜はみな、同じような緑の苔(コケ)で幹や枝を覆われていて、立ち姿を見ても何の木かよく分からなかったんですね。
それにしても、自宅の庭に「桜の木」。 なんだか、とっても得をした気になりました。
入居時に、庭の木からグレープフルーツとレモンは採り放題・食べ放題と言われた時くらいに。
車で10分ほどの隣町、Ngaruawahia(ンガルアワヒア)から国道1号線を外れて10分ほど。
Hakarimata Scenic Reserve(ハカリマタ「自然景観保全区域」って訳せばいいのかな?)に行ってみました。
翼(長男・9歳)を小学校に送りとどけて午前中の雑事を片づけて11時ころ。
ミートパイ(一個=1$)の昼食を持って、まだ幼稚園の入園順番が来ないので「幼稚園浪人」している洋(次男・4歳)と三人で入山です。
傍らを100Km/hで車が疾走する一般道のすぐ横に入り口がありました。 脇に車を停めて、まずは、吊り橋を渡ります。
しばらく歩くと、滝がありました。 夏になるとここで水浴をするそうです。 ここでミートパイとおにぎりの昼食。
約2時間ほどの近所の山登りでした。
それにしても、このような豊かな自然が、中心市街地・住宅地から車で10分程度。 これが国内第四の都市・ハミルトンの生活環境です。
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どうも季節の変わり目には、古傷がうずきます。
真夏の北京から、真冬のNZへ。 そして、三寒四温で春めいてきましたが、どうも身体のほうはついて行けてないようで、 頸回りが痛くて痛くて…。
カロプラティックはないかと探してみました。

Allen先生
毎朝、翼(長男・9歳)を小学校に見送る道すがら、めざとく見つけ出していたカイロプラティック医院。
8月末から週に1回、通っています。
当初は自力で起床できないほどの痛み・苦しみが頸にあったのですが、初回の施術でそれは解消。
日本にいる時も、季節の変わり目には毎年、苦しんできました。 特にこの10年ほど。
いろいろ渡り歩き、やっと巡り会えたのが「新宿カイロプラティックセンター」。
高橋先生のおかげでこの2年ほどは、季節の変わり目に恒例の兆候が出そうだなぁ、という時期に数回診てもらっていました。
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さて、ここNZのカイロプラティックはいかがなものでしょうか?
まずは、表通りに車を停めて、玄関へ。 瀟洒な造りの一戸建てです。 玄関脇のスイセンで緊張感がほぐれます。
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扉を開けると、受付のJillが優しく迎えてくれます。 診察券を渡して奥の着替え部屋へ。
その間にJillはレントゲン写真を棚から取り出し、施術室の先生に届けます。
ここNZのカイロプラティックは、「NZカロプラテック協会」の所掌のもと、医学課程5年を修了して開業となるようです。
初回、問診の前に受診に際しての説明を受け、カウンセリングの後にまずはレントゲン写真。
そして、翌日、レントゲン写真ができあがったところで、初回の施術となります。
先生は、Allen。ご覧の通りのジェントルマン。 NZ生まれで、カナダで学位を取り、ここヒルクレストで開業して35年とのこと。
洞察鋭そうな彫りの深い顔、こちらの言葉を細大漏らさず聞き取ろうという真剣な眼差しが僕を安心させました。
レントゲン写真を示しながら、僕の頸回りのおかしな所を指摘します。
頸の2番目、それから背骨の5番目と12番目。 新宿で言われていたところと全く同じ。
ベッドに仰向けに寝て、片腕をとられて、「僕が君の腕を押すから抗してみなさい」と言われて、先生の力に抗してみようと思うけど、あっさり押し切られてしまい…。
「あ~、また、だいぶ骨がずれてるんだなぁ」と実感。
そして、自然落下骨入れ台(と僕は勝手に呼んでます)に身を預け、ベッドを水平に倒されて、先生は掌を若干回転させながら背骨をグキッ。
そして次は普通の小さなベッドに仰向けに寝て、先生が頸を持って、グキッ・ボキッ。
そして、背骨の一つ一つに指を当てながら、ずれているところに来ると位置を確かめて、僕の両腕を交叉させて固定して、グキッ。
最後は、金属製のドライバー位の長さの棒のような器具で、ガチッ・ガチッと頸回りの骨を押し叩きます。
今一度、仰向けに寝て、先生に片腕をとられて先生の押す力の抗してみようとすると、今度は僕の腕は押しきられません。
ここまでは東京・新宿でのカイロプラティックとほぼ同じ。
ということは、双方ともきとんとした施術で、しかも僕の身体と兆候にはピッタリあっているということだと思います。
新宿とここの違いは、新宿では先生の施術が始まる前に、若手の助手が2~30分間、足から背中にかけてじっくりマッサージでほぐしてくれましたが、ここではそれは無し。
新宿のカイロは学院に併設されていたので、どうやらそこのインターンの臨床経験のようでした。 あのマッサージが気持ちよかったんだなぁ。
あと、違いといえば、料金。
東京ではマッサージがだいたい10分1000円相当が相場のようで、新宿のカイロは一回4000円程度。
約1時間の施術でこの料金は、ここは格安だったのかも知れない(効果も抜群だったし)。
巷の整骨院でも一部保険適用で1回、2~3000円というところもあったけど。
Allenのカイロは一回35$(1$=約75円)だから、2500円相当。
時間は15~30分ほど。 物価水準を勘案すると新宿と同じくらい(リーズナブル・格安)かも知れない。

さて、NZのカイロは「NZカイロプラティック協会」の所掌と先に書きましたが、院内にはカイロについて説明するパンフレットやプリントが幾種類も用意されていました。
①カイロは協会所掌の医療行為だとのこと
②子供やスポーツ選手のパフォーマンスを高める効果があること
③Vertebal Subluxationsという考え方
④学びたい人にはカレッジがあって学位を取得できること
などが丁寧に説明されていました。
③の「Vertebal Subluxations」。
これは「脊椎 不完全脱臼」ということ。
新宿では「背骨の歪みが諸症状を引き起こす」と説明してもらっていましたが、ここNZでは「脊椎亜脱臼」と、とてもダイレクトな説明。
だからボキッって骨を正しい位置に入れるんだ、って納得。
それと①と関係することだけど…。
訪れる患者さん一人一人と初回施術前に入念なカウンセリングをすること、そして必ずレントゲン写真を撮ること。
週に一回ほど通いながら、暖かくなりつつあるこの季節、少しずつ錆び付いた身体を手入れして行こうと思います。
日曜日の夜中…。
どうもわけの分からない、ここNZのテレビをザッピングしていると…。
というのは、『地球の歩き方』を見ると、NZには現在、チャンネル1、チャンネル2、の二つの公営企業の放送、そしてチャンネル3、チャンネル4の民間企業の放送、それに都市近郊でのUHFローカル放送などがあると記されていましたが…。
ラグビーやモータースポーツなどのスポーツや映画をひっきりなしに流しているSKY・TVは衛星放送で特別な契約が必要となります。 我が家はまだ未加入。
ところで、我が家は家具付きが条件で入居したから、もちろんテレビもついていたのですが…。
そのチャンネルは、「1」、「2」、「6・7が同内容」、「13」、「16」、そして時々「17」が映ります。
「1」「2」はどうやら上記の公営企業放送のようで。 そして「6・7」が公営企業放送「チャンネル3」らしいのです。
テレビのチャンネル設定がゴチャゴチャになっているようですね。 直し方も分からないし…。 まぁ、いいか。
そして「13」に映っているのは「マオリ放送」なので、これがもしかしたら上述の「都市近郊UHF」かも?
そして「16or17」が民間企業放送か?
というのは…。
さて今日の本題 !!
今日は9月11日、あの日ですね。 ところが、ここNZでは、ほとんど話題になっていません。
もともとアメリカに対してある一定の距離とる政策と国民感情があるからでしょう。
ですから、今日があの日であることを、僕もなんとなく忘れていたような気がします。
夜中にテレビをザッピングしていると…。
国営放送ではF1の中継をしていました。 F1が見られるんだぁ…!! と感動して、CMの間に他にチャンネルを回してみると、なんだかセレモニーの中継をしていて、涙をぬぐう中年のご婦人の姿が…。
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それが911の追悼式典の中継でした。 これはあのFOX・TVの番組の一部がこちらNZの民間企業放送で流されていたのですね。
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「911」より「NZ05総選挙」の方が、こちらではメディアで大きく取り上げられています。
日本では今年の9.11が総選挙・投票日だったので、テロの危険性も指摘されていましたが、こちらではその翌週のNZ05総選挙の方が話題を集めていました。
ウイークデイのゴールデンタイムには、こんな風に各党党首のパロディが堂々と流されていて…。 1チャンネルが、なんと、ここまでやります。
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【9月9日】 ダニーデンからハミルトンへはダイレクト便はないので、どこかで一度降機(乗り継ぎ)しなければなりません。 せっかくだから首都のウェリントンに立ち寄ってみることにしました。
●〔繁華街〕 「i=インフォメーションセンター」のあるシビックスクエァあたりに、タウンホールや図書館、博物館などが固まっています。
今回泊まったのは、この「i」の斜向かいにできた新しいタイプのホテル。
この辺りから港にかけて少し歩いてみました。 国立公文書館や国立図書館などはここから少し北の方面、ウェリントン駅の界隈にあります。
今回はそこまで足を延ばすことはできませんでした(次回に)。
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●〔旧市街地〕 ダウンタウンは繁華街から少し標高の高いところにあります。
キューバSt.などがダウンタウンの雰囲気なのですが、この通りはわずかな上り坂になっていて上に行くにしたがって猥雑さが増していきます。
標高の低い・水辺に近いところにそうした界隈はあるものだと思っていると、ちょっと不意をつかれます。
再開発が進んでいるのも少し標高の高い、海辺からは距離のあるところでした。
歴史的建造物(築100年程度の通り沿いの建物)の保存もそこここで行われています。そうした工事現場のフェンスはみなアートしていました。
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●〔ケーブルカー〕 繁華街のデパート等が密集する地区の、狭い路地を一本入っていくと、そこにケーブルカーの乗り場があります。
これも不意をつかれます。 住宅地を抜けて山頂まで約10分くらい、120mほど登ります。
途中でそこの住宅地に住む人達が乗り降りします。
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●〔ビクトリア大学〕 ケーブルカーの終点、山頂は植物園になっています。
余り時間がなかったのでそこはパスして、天気のいい午前中、下りはケーブルカーに乗らずに徒歩で住宅地の間を歩いてみました。
途中、ビクトリア大学のキャンパスを通り、最後は住宅地の路地、それもかなりの高低差の階段を勘を頼りに降りていくと、急に、斜面に林立する高層ビルの地下駐車場に迷い込んだり、そして、そこから向かいのビルの屋上からまたビル内の非常階段をおりていくと、最後はあのケーブルカー乗り場のある繁華街のショッピングビルの脇に出ました。
不思議は丘くだりでした。
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ウェリントンの空港を飛び立ち、富士山のようなタラナキ山を眺めながら1時間ほどのフライトでハミルトン空港へ。
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ダニーデンで古巣・江戸川大学の海外研修のクラスでフィールドワークについての講演をした後、ダニーデンと、そして帰路たちよったウエリントの街を歩いてみました。
【9月7日】
ダニーデンのオタゴ大学内を流れるストリーム沿いは、桜が満開でした。 立派な桜の並木になっていて、今年二度目の花見となって、なんだか得した気分。
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●〔学生街〕で、このように二軒長屋風の平屋の学生宿が続きます。 中には、こんな風に二階建てのものも。
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●〔歴史的建造物〕 ダニーデンの街は築100年以上の石造りの歴史的建造物があちこちに。
教会をはじめ、昔は港町の中心市街地の銀行や問屋などなど…。
市街地のメインストリートは、表を化粧直しして、ブティックやレストラン、雑貨屋などに…。 様々に日常的に使われています。
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●〔ダニーデン駅〕 街の中心・オクタゴン(放射状に拡がるラウンドアバウトがあって蛸の足のようだから…?)の南に位置するダニーデン駅。
中も外もとても風格ある建物で、勝手にホームに出てあちこち見て回って疲れたらコーヒーで一服。
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●〔B&Bも歴史的建造物〕 今回、ダニーデンで宿泊したのは、「Hulmes Court B&B」。
1860年代に建てられた歴史的建造物で、これまた由緒ある煉瓦造りの風格漂うオタゴ女子高校の道路向かいにあります。
玄関、ロビー、リビングととても重厚な造りで、宿泊した僕の部屋は2ベッド、朝食付きで65$(1$=約75円)でした。
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●〔オタゴ・セツラーズ・ミュージアム(博物館)〕 オタゴ駅のすぐ西にある博物館。 オタゴ開拓の歴史や、古き良き時代の機関車、車、オートバイなども常時展示されていて、子供から老人まで飽きさせません。
ここの館長のSeanはナイスガイで、これまでも何度か僕の現地調査のバックデータについて資料を提供してくれました。 彼のことはまた別の機会に。
今回は、「ダニーデンの第二次世界大戦」という特別展をやっていました。 Roll of Honour=戦死者名簿の展示は、オキナワの「平和の碑」を想起させました。
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9月7日、オタゴ大学(オタゴ・ポリテック)で研修中の江戸川大学社会学部一年生を対象とする講演(テーマは社会学的フィールドワークについて)のためにダニーデンを訪れました。
そして、1998年のホームスティ以来、僕のNZの父母である Pat & Ivan Mclachlan を St.Clair のお宅に訪ねました。
ダニーデン市街地の南に位置する St.Clair 海岸は、とても素敵に再開発されていました。
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さて、海岸から歩いて10分ほど。 Pat & Ivan のお宅、50B Hargest Cres.の目印は、道に架かる大きな木です。 見えてきました。 道から一軒奥の家。
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ベルを鳴らして、いつものようにダイニングの指定席について、夕食をご馳走になります。
今日は、ご夫婦の長女(近所に住んでいます)の家にホームスティしてオタゴ女子高校に通う日本人留学生サトコがお邪魔していました。
こうして、しばしば学校の帰りに遊びに来ているようです。
今日の晩ご飯は、Patご自慢の「鳥の照り焼き丼」。 Ivanも一緒にビールで乾杯 !!
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さて、食事も終わって、サトコをご夫婦の長女・ブリジットのお宅に送ります。
ブリジットは、地元・グリーンアイランド・ラグビークラブの元主将、ジェイソンと結婚して二児の母親。 長男ケィシーがねむい目をこすりながら起きてきてくれました。
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●僕とPat & Ivan 出会い、 僕とジェイソンの出会いについては、あらためて書きます。
フィールドワークにおける出会いと継続…、これを語るのにピッタリのお二人です。 乞うご期待 !!
8月18日のブログでも紹介しましたが、こちらNZも「2005総選挙」たけなわ。
日本では「郵政民営化解散」で「小泉・郵政マジック」が効いて、自民党が単独過半数越え・与党で総議席の3分の2の「圧勝」とのこと。
社民党の土井さんが落選してしまったり、宗男や辻本が復帰したりと…。
さて、こちらNZでも個性豊かな面々が党首討論会を賑わしています。
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NZではしょっちゅう、党首討論がゴールデンタイムで放映されます。
日本では何だかんだ言って実現しなかったり、小物が出てきてお茶を濁したり、部分的に実現したと思っても案の定、議論はねじれの位置だったり…。
今日、目にした番組は、こんなんでした。 木曜夜のゴールデンタイムの「チャンネル1」でした。
たぶん、とても有名なキャスターなんだと思います。 彼の前に、左が与党、右が野党と8人の党首が並びます。
キャスターの投げかけるお題に対して、それぞれ持論を展開します。
こぞって与党・労働党の女性党首に詰め寄る一幕も。
また、「マオリ優遇策」の是非をめぐっては、微妙なニュワンスで、しかし堂々と「不要!!」を主張する一幕もあったり…。
もう少し英語が分かれば、もっと楽しめたのになぁ。
こちら与党。 と言っても革新の連立政権です。 労働、環境、人種…と言った論点。 いかにも「革新」という風貌という気がしませんか?
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女性党首は二人いましたが、やはり与党・労働党党首は、なぜだか存在感があります。 赤いスーツも板についていて…。
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で、こちら野党。 と言っても保守陣営なので、そう思って見てみると、なんだか業界団体の代表のおじさん達、日本で言えば自民党の派閥代表の皆さん、という気がしてしまうから不思議。
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例えば…。
教育問題について、与党・革新連立政権は「各家庭の教育費の負担を軽減する」とし、野党・保守は「優秀な教員の養成・確保にお金をかける」と言います。
そして、いずれもその財源はどこを削ることによって確保するか…、容赦のない議論がたたかわされます。
ですから、「マオリ優遇策」は建前として総論賛成としても、ここではキッパリと予算削減の対象として主張される一幕もあるのですね。
僕の地元・ハミルトンでは、野党・国民党から出馬している中国系の候補者が、堂々と「民族優遇策撤廃」を主張しています。
地元のアジア・エスニック系の食材スーパーでは、買い物に訪れたアジア各国の奥さん達が、レジ横に張り出されている複数のポスターに目をやっていました。
このあたりのフランクさ、そして微妙なバランスの取り方が、見ていて刺激的です。
昨日、Te Pukeのキウイ農園博物館を訪れた際、その隣の敷地にクラッシックカーの博物館があるのを発見。
さっそく行ってみると…。 -resize.jpg)
戦前・戦後のクラッシクカーがびっしりと展示されていました。
中二階には図書コーナーもあり、古い雑誌、専門誌などを自由に手にとって眺めることができます。
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最近、車に凝っている翼(長男・9歳)は、マクラーレンや本物のフェラーリのF2マシンに触れちゃったりして、ご満悦。
洋くん(次男・4歳)は、なんだか良くわかんないようで、でも、「この黒いの格好いい!!」だって。
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日本でもコレクターズアイテムとなっているビンテージカーがいろいろありました。「シトロエンのDSパラス」、「ジャガーのMKⅡ」、「ベンツの50年代の220S」…。
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あとは、古すぎてみんな同じに見えちゃうけど、 そのラインや内装はどれもこれも目を見張るほどお洒落です。
そして驚くことに、これらみな、ほぼ実動そして常用とのこと。 そしてそして、なんといくつもの車のフロントガラスには「For Sale」と書かれています。 ナンバープレートや車検証ステッカーもちゃんと付いているんですよね。
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その中で、僕の目にとまったのは…。 モーリス・マイナー。
特に1957年製のスカイブルーのヤツ。 内外装完璧にレストアされていて、綺麗です。
で、メカも兼ねてる係員に恐る恐るたずねてみると…。 なんと、4000$(1$=75円)、30万円程度。 考えていた金額よりも一桁安かったので、ビックリ。 それと同時に、「もしかしたら、買えちゃうかも知れない…」、「半年乗って、調子よかったら、日本に持ち帰っちゃおうか…」、「……」、妄想ばかりが膨らんでしまいます。
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さてさて、どうなることやら。
そろそろ春らしくなってきたので、海風に吹かれてもそれほど寒くないだろうということで、ハミルトンの東、Bay of Plentyに行ってみようということで…。
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今回の地図は、宿泊した「Top10 Holiday Park」の「Accommodation Directory Map」より
ハミルトンから東に向かって国道を走り、まずはKatikatiで小休憩。 ここは、絵画の街でした。 街中の建物の壁画とオブジェ。
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Bay of Plentyの最大の都市(飛行場もあります)、タウランガの海沿いの道を走っていると、フリーマーケットを発見。 大きめのモーターホームで開店してました。 メモリアルパークというところでした。
こども達はフリマよりも浜に興味津々。 遠浅で引き潮の砂浜を掘ってみると、アサリやらなんやら、食べられそうな二枚貝がザクザクと。
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さて、きょうの宿を探そうと、再び海岸沿いの道を少し走りました。
Papamoa Beachというリゾート(?)の会員制モーターキャンプ場を見つけました。
2003年にキャンピングカーでNZを縦走した時に会員になっていた「Top10」というモーターキャンプ場の支店がそこにあったので、早速チェックイン。
今回はキャンピングカーではないので、2ベッドルーム(+リビング、ダイニングキッチン、シャワールーム、トイレ)のモーテルタイプ(一泊145$)にしました。
一般的なモーテルに比べて、敷地内に様々な娯楽施設等が揃っているので、家族連れには最適です。
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翼はJay(ジェイ)という同じ年の男の子と友達になり、洋も交えて暗くなるまでそこら中を飛び回って遊んでいました。
ジェイはハミルトンの隣街・ケンブリッジに住んでいるそうです。 今度、お邪魔するねって、約束していました。
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夕食は、近くのスーパーで少し買い出しをして、ステーキとサラダなど。
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さてさて。 今晩は大切なラグビーの試合が夜7時半からSkyTVで生放送です。 トリネーションズ(オーストラリア=ワラビーズ、ニュージーランド=オールブラックス、南アフリカ=スプリングボックス)の「NZ対オーストラリア」で、事実上の決勝戦です。 この観戦記はまた別に。
それとは別に。 アメリカでハリケーン・カタリーナの大惨事の模様が、CNNの生中継で見られました。 水没する街。 略奪が横行しアナーキーな状態となった街に投入された軍隊。 そしてFEMAの記者会見。 緊急を要する項目として、
1. セキュリティ
2. 食料・水
3. 医療
4. 移住
5. 堤防建設
が、あげられていました。 この災害については僕の本業として、別のページにアップします。
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さて、翌朝は、10時にチェックアウトして、もう少し海沿いを東に向かって走りました。
そして、帰路、内陸・ルトルアに向かう途中のTe Puke(テプケ)で、フルーツのキウイの農場博物館とクラッシクッカー博物館に寄りました。 クラッシクッカー博物館については、また別にアップします(どうしても欲しくなってしまったビンテージカー。かなりヤバイ!!)。
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帰路、ルトルアの温泉街はおとなしくパスして、夕方、ハミルトンに帰着。 一泊二日で約500Km走りました。
Bay of Plentyのパパモア・ビーチに泊まった晩、トリネーションズのオールブラックスvsワラビーズがSkyTVで中継されました。
トリネーションズとは、
ニュージーランド---オールブラックス
オーストラリア----ワラビーズ
南アフリカ----- スプリングボックス
が、ホーム・アウェイで計6試合たたかうビッグゲームです。
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夜7時半のSkyTV中継開始の前に、夕食はすませて、モーテルのリビングの大画面のTVの前にワインを揃えて、準備完了です。
テレビでは、昨年度の試合の模様が流されたり、一時間前から豪華解説陣が画面を賑わしていました。
さて、試合に先立ち、まずは、国歌斉唱。 そして、お馴染みオールブラックスの「ハカ」。 このころになると、キャプテン・ウマガの表情は阿修羅そのもの。
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前半はオールブラックスの一方的な展開。 後半早々、ワラビーズがトントンとトライを重ね、追いついてきますが…。
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結果は、ご覧の通り、34-24でオールブラックスの勝利。
ホーム・オークランドに詰めかけたファンにキャプテン・ウマガがこたえます。
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